✦未構成の経験にみる対人関係精神分析とジェンドリン理論の交差

現在会期中の日本心理臨床学会第42回大会Web大会で、下記の自主シンポジウムが開催されます。

2023年10月7日(土)12時半〜14時半
「フォーカシング指向心理療法における体験の取り扱いについて
-体験過程における過去・現在・未来-」

企画者:内田利広(龍谷大学)、河﨑俊博(京都橘大学)
司会者:小泉隆平(近畿大学)、河﨑俊博(京都橘大学)
話題提供者
:星加博之(関西大学)
 内田利広(龍谷大学)
 岡村心平(神戸学院大学)
指定討論者
:小松貴弘(神戸松蔭女子学院大学)

これにちなんで、関連情報を残しておこう思います。

上記自主シンポの指定討論者小松氏は、こちらの学位論文(博士(心理学))を書いた方です。
心理療法作用としての経験の構成モデル ―その射程と可能性―」2020

この論文で提示されるモデルは、Donnel B. Stern の “unformulated experience”(未構成の経験)の概念に依拠しており、「未構成の経験」とは「それについてまだはっきりと考えたことのない経験」のことで、下記の書物で示されています。

D.B.スターン著、一丸藤太郎・小松貴弘監訳『精神分析における未構成の経験: 解離から想像力へ』2003、誠信書房
(この邦訳書の監訳者の一人が小松氏ですね!)

『精神分析における未構成の経験』書影

原書が初めて出版されたのは、下記:
Donnel B. Stern 1997 Unformulated Experience:From Dissociation to Imagination in Psychoanalysis, The Analytic Press

その後2003年に、Psychology Pressからペーパーバックが、Taylor & Francisから電子書籍が、2015年にRoutledgeからハードカバーが出ているようです。(Googleブックスの当該ページ

邦訳書が出版された当時、誠信書房からの新刊案内の解説を読み、”暗々裡”やフェルトセンスに近い、と興味を持ったことが懐かしく思い出されました(20年経つのね!)

この本のリファレンスには、次の二つのジェンドリンの著作が載っています。

Experiencing and the Creation of Meaning. Glencoe, 1962,IL:The Free Press.
(筒井健雄訳『体験過程と意味の創造』1993、ぶっく東京)

A theory of personality change. In: Personality Change, ed. P. Worchel & D. Byrne, 1964, New York:Wiley, pp.100-148.
(村瀬孝雄訳「人格変化の一理論」『体験過程と心理療法』1966、牧書店/ユージン・ジェンドリン著、池見陽著・訳、村瀬孝雄訳『セラピープロセスの小さな一歩: フォーカシングからの人間理解』オンデマンド版、2021、金剛出版)

「人格変化の一理論」は下記でも読めます
人格変化の一理論|The International Focusing Institute

引用箇所は、つぎの二箇所です。

(邦訳書)p.21:
「感じられた意味」(felt meanings)(ジェンドリン, 1962, 1964)

(邦訳書)p.61には、次のような長い引用があります。

 かつて、ユージン・ジェンドリン(1962, 1964)は、類似した現象を「感じられた意味」(felt meanings) と呼んで説明した。感じられた意味の現象学的性質は、私が未構成の経験として説明しているものに非常に近い。そこで、ジェンドリン(1964)による特に刺激的で興味深い記述の一節を引用することで、本書の導入部を締めくくりたい。

 感じられた意味は、非常に多くの意味を含むことができるし、さらにもっと練り上げることができるものである。したがって、感じられた意味は、明確に象徴化された顕在的な意味と本質的に違っている。この違いは非常に重要である。なぜなら、それを無視すると、われわれは、顕在的な意味は暗黙的な感じられた意味の中にすでに含まれている(あるいは、含まれていた)と思い込むからである。われわれは、暗黙的な感じられた意味を、無数の顕在的な意味が隠されている一種の隠れ家だと理解してしまう。そしてわれわれは、ただそれらが「隠されている」というだけの意味で、それらは「暗黙的に」感じられるのだと誤って思い込んでしまう。私は、経験の「暗黙的な」あるいは「感じられた」素材は、身体の息づかいについての感覚だという点を強調しなければならない。それには構造化された側面が無数にあるだろうが、しかし、だからと言って、それらは概念的に形作られ、明確な形を持ち、隠されているわけではない。正確に言えば、われわれは意味をはっきりさせるときに、それらを形作って仕上げるのである。(pp.113-114)

『精神分析における未構成の経験』より引用

Unformulated Experience(未構成の経験)というのは、もともとサリヴァンが用いた用語で、中井久夫先生は「明確なことばによる表現を与えられていない経験」と訳されています。本文中には、ガダマーという哲学者の解釈学(ジェンドリンの哲学の背景のひとつ)からの引用があちこちに見られます。

著者のDonnel.B.スターン(乳児研究のDanielスターンではない)は、対人関係精神分析の精神分析家で、対人関係精神分析のウィリアム・アランソン・ホワイト研究所は、鑪幹八郎氏や一丸藤太郎氏の留学先です。

著者D.B.スターンとジェンドリンとDonna Orange(自己心理学派の分析家)が会するシンポジウムが、2007年10月3日ニューヨークでありました。3人が、話題提供&ケースについてのコメンテーターを務めています。

Focusing and Psychoanalysis Conference
Beyond Words
Explorations in the Implicit Dimension of Psychoanalysis

Speakers:
 Eugene Gendlin, PhD
 Donna Orange, PhD, PsyD
 Donnel B. Stern, PhD

Moderator:
 Lynn Preston, MA, MS

Case Presentation by
 Joenine Roberts, LMSW, LP

Beyond Words 2007の案内画像

司会者(moderator)を務めたLynn Prestonリン・プレストン は、当時、ニューヨークのThe Training and Research Institute for Self Psychology(TRISP)で教えていました。
現在は、MA、MS、LPで、国際フォーカシング研究所認定フォーカシング・トレーナー兼コーディネーターでもある、フォーカシング指向関係精神分析家です。
彼女は、フォーカシングと対人精神分析の統合について、国際的活動(執筆や発表)をしています。
Lynn Prestonのウェブサイト
Conversation, April 2019: Lynn Preston | The International Focusing Institute