✦怒りのむこうに
久しぶりに、怒っていた。
ある一連の出来事。最初は、ささいなことだったのかもしれない。しかし、言葉の行き違いや、当を得ない返答や、いちいち手間のかかるやり取りや、私の腑に落ちがたい結論は、ひとつひとつがひっかかりとなり、小さな積み木が積まれていくように重なり、やがてそれなりの高さになり、ぐらぐらと不安定に揺れ、結句、私は怒っていると同時に心底うんざりしていた。
「ちょっと話、聞いてくれる?」
1人では持て余し気味の感情をどうにかせんと、深夜にもかかわらず、家人に声をかけた。
あんなことがあって。こんなこともあって。そうだ、こういうこともあったんだよっ。ありえないでしょっ。
積み木をひとつひとつ確認するように、状況を説明する。話す私の声は、とんがっていて、早口だ。
ひと段落ついたとき、黙って聴いてくれていた家人が一言。
「あのさあ、話が通じなくて、傷ついたんだね。そりゃ、悲しいよねえ。」
突然、時間が止まったかのように、身体がしんと静まった。
ああ、私は傷ついたのだ。
一生懸命言葉をつくし、心をつくし、相手に伝えたにもかかわらず、伝わらない感じ、受け取ってもらえてない感じがして、傷ついていたのだ。悲しかったのだ。
ああ、傷ついていたんだね。それは、悲しいよね。
気がつけば、怒りもうんざりも雲散霧消。かわりに、暖かないたわりが、じんわりとしみ込んでいく。ふうっと一息、涙が一粒。
意識を向けると、ぐらぐらと不安定に揺れていた積み木は、いつのまにか、音もなく崩れて散らばっている。ひとつひとつの積み木が、ただ、そこにある。
ああ、そうだった。そんな出来事があったんだった。
静かなおだやかな気持ちで、積み木を、事実を眺める自分になれた夜。
(文責:あべ)